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戒厳令がしかれていた25年前のソウルにて。
 私が初めて韓国を訪れたのは、もう25、6年も昔のことだ。『韓国の本』というムックを作る責任者として、私がソウルに先乗りすることになったのだ。当時の韓国は、朴大統領の軍事政権下にあった。戒厳令がしかれ、夜12時以降の外出は禁止され、街中が重苦しい雰囲気に包まれていた。
 金浦空港に到着早々、私の名前がアナウンスされ、別室で取り調べを受けた。私が勤務する出版社の週刊誌の記者が、スパイ容疑で投獄された事件があって間もなくの頃だった。今度の仕事は、かなり緊張を強いられることになりそうな予感がした。

 ホテルで私が一番最初にしたことは、盗聴器の探索だった。受話器の中、ベッドの下、額縁の裏など一生懸命に捜した。 今から考えれば馬鹿げた話だが、その時は真剣だった。あのKCIA(*)が、私ごとき素人に発見されるようなところに、盗聴器を仕掛けるはずがないではないか。 出発前にKCIAの過酷さを嫌というほど聞かされていたから、かなり疑心暗鬼になっていた。
 2、3日たって、ソウルの街にようやく馴染みはじめた頃、取材のコーディネートをしてくれているT氏と喫茶店で話していた。 何ごとも起こらなかったので、つい、気がゆるんだ私が「朴大統領の……」と話し始めたとたん、T氏の顔色がさっと変わった。 慌てて周囲を窺い、小声で「そんな話はしないで下さい」と哀願するように言った。 私服の警察官や憲兵ばかりでなく、スパイ密告の標語が街中にあふれていた時代だった。
 そんな T氏とホテルのバーで飲んでいて、12時近くになったことがある。戒厳令下の夜だから、当然家には帰れない時間だ。 彼は奥さんに電話して、帰れなくなった理由をくどくどと説明している(らしい)。 話の中に「イルボンサラミ」という言葉が頻繁に出ることから、多分、私と戒厳令をダシにして外泊するつもりだったらしい。

(*)KCIA:韓国の大統領直属の情報機関。1961年5月、朴大統領が創設した。