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初めて韓国に行ったのは、1977年6月のことだった。
私の生業である模型飛行機製造の同業の方々と行ったのだが、正直、あまりいい印象を得ることなく帰国した。
それから数年後、また模型飛行機のことである韓国人同業者と知り合ったが、その時私は、ある模型飛行機マニアの方を紹介された。
がっちりとした体つきと精悍な顔つき。とても模型飛行機マニアと思えなかったが、模型飛行機を手にとってしげしげと見るその目つきは柔らかだった。
当時、私は韓国語がほとんど分からず、せいぜい「アンニョン ハシムニッカ」「カムサハムニダ」位だった。
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最初、酒席を共にしても言葉も交わせなかった。
お酒が回るにつれ、その方(Mr.Cと呼ぶことにします)は、カタコトの日本語、英語を交えて、模型飛行機についてのウンチクを、ほとばしるような熱気をもって語りだした。
「この人と付き合ってみたい」と感じたのは、その時である。
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それから間もなく、「韓国に来ないか?」と誘われソウルに行った。それはあまりにも衝撃的なことだった。
Mr.Cは、日本で職業を明かさなかったが、実は韓国で有名な酒造メーカーの御曹司だった。
彼は、趣味も多彩で、模型飛行機の造詣も深いだけでなく、ゴルフもプロ並みのスコアを出すほどのスポーツマンでもあった。大変お世
話になったばかりでなく、韓国の様々な事を教えていただいた。外から見る別の角度で、韓国を見ることができるようになったことに感謝している。
それ以後、私は「韓国病」とも言えるほど韓国に夢中になった。風俗、歴史を学び、言葉も日常の生活には不便を感じないほどになり、Mr.Cとの付き合いは今でも続いている。
思えば、もしMr.Cと知り合わなかったら、自分の人生はまた随分と違ったものになっていただろうと思う。
知り合った当時、私は公私とも様々な問題を抱えていて、何かに夢中になるものが欲しかった。
それが、韓国であり、Mr.Cとの交流であった。彼には世話になるだけでなく、随分と教わることも多く、今の私にとってはかけがえのない、「終生の友」でもある。
韓国に対しては、深い思い入れもあるが、同時に厳しい目で見ることもある。
特に最近は、様々な分野で日韓の差異が目立ち始め、韓国に対する理解と反発が交差して、もどかしい気持ちになることもしばしばである。
現在、日韓の両国でワールドカップが開催されているが、成功を祈るより日韓の摩擦が広がらないようにと、祈るばかりである。
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梅田桂弥 模型飛行機製造家。 年齢、55歳。名古屋在住。
年に数回韓国に行く。最近ソウルの喧騒がわずらわしく、済州島に出向くことが多い。
本心はスルチブ(飲み屋)が昔の雰囲気がなくなり、情に欠けるような気がして落ち着かなくなったからである、とは周囲の声。
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