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これからはそうしてはいけない。過去を埋めてしまって新しくスタートしなければいけない。過去の理非は問わず、その過去を立て直すために新しい実践を決意しなければいけない。これは個人関係であっても、国際関係においても同じであろうと思う。過去にあった事実をすべて率直に認定、和解した上で新しく出発するのが正しい道であろう。
例えば、高校時代の成績が良かった人が社会人になってあまり出世していないので、ひたすら学生時代の事だけが自慢である場合、それを認めてくれる人がいればきっと仲良くなれる。もし同窓生で成績が悪かった人が社会人で成功したら、彼は現在の事だけを話したいし、過去の事を明かす人にはある程度距離を置きたいと思うだろう。このような二人が仲良くなるためにはお互いに過去を認定し、一人は友だちの学生時代の成績を称賛し、もう一人は出世した友だちを誉めてあげれば良いであろう。過去と現在を共用し、お互いかばい合う事ができれば、二人の間はそれ以上望む事はないと思う。
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真正に成功あるいは堂々たる未来を生きて行こうとする個人または国家は、暗かった過去に対しても隠さずにありのまま認定する事ができる。生半可な成功が自分の恥(自分がそのように思うから永遠に恥として残る)を隠そうとする。李明博当選者は、日本も韓国も過去を認定した上で、より成熟した未来を指向する事を当選公式発表直後の記者会見で披瀝したのである。韓国国内の問題も過去を清算し、新しいスタートを切るきっかけになってほしい。政権的次元の小人輩的な思考方式ではなく、国家的次元の大義を活かすため、現在みんなが共感する積もった弊害を果敢に片付けて、時代的な使命感を持って先進すべきであろう。
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米国の経済がふらついている状況であっても、2008年度の韓国の経済気象図はそんなに悪くないようだ。企業らが新しく出帆する政府の親市場主義的な経済政策を期待しているのも無視できないだろう。李明博当選者は、創造的実用主義を主要国政哲学で強調した。脱理念、経済生き返しと国民統合、実用政府を標榜した。
韓半島大運河建設など国土再創造計画、公企業の段階的民営化、産業資金の金融界進入許容及び各種企業規制緩和など産業部門の改革、南北経協等対北関係再調整及び教育改革などがMBノミックス(李明博当選人の経済政策――mbnomics;李明博当選者の英文イニシャル(mb) と経済学(economics)の合成語――)で経済解法を覗くことができる。
李当選者は、高い経済成長率と整った国家建設のためには「実用主義」だけが唯一の解決策であると主張している。彼は現代グループ在職中に故・鄭周永(チョン・ジュヨン)会長の至近距離で現代建設の実話を一緒に開拓した人物である。2002年以降4年間、ソウル市長在職時にいわゆる「李明博(MB)式実用主義」が爆発的に噴出した。
清渓川復元ばかりではなく、都心再生プロジェクトであるニュータウン(newtown)事業、地下鉄及びバス路線改編と中央車路制施行など粘り、行政を通して彼は地方自治団体CEOの新しい典型を創造した。ソウル市長在職時、実行MB式公共分野改革を通し、もはやMBノミックスの成功を占っている。
李明博当選者のホームページに当選者の紹介文を連載中の金ヨンテ(40歳、大統領職引受委企画調整分科)専門委員は、2005年から李当選者の演説文作成などを手伝っている参謀として、李明博の新しい別名は[from now]という名前で通じているとある雑誌で明らかにした。人材登用から政策企画に至るまで、「合理的今から[from now]成功的未来に安着する」ことを期待してみたい。
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●韓国ミニ知識
<歴代大統領の宗教>
歴代大統領中、教会(キリスト教)長老は李明博当選者以外に李承晩、金永三(YS)元大統領がいる。盧泰愚元大統領は篤実な仏教信者であったし、キリスト教に近かった全斗煥元大統領は任期後百潭寺に「配流」された時、仏教信者になって下山した。朴正熙元大統領は特別な信仰は無かったが、夫人である陸英修女史は仏教信者であったし、長女である朴槿惠、元ハンナラ党代表は大学時代にカトリック洗礼を受けたが、今は聖堂に行っていない。金大中元大統領はカトリック信者であったし、盧武鉉大統領も洗礼を受けたカトリック人であるが、プロフィールを書く時には「無教」と書くという。
<韓国の宗教人分布>
宗教別人口比率は仏教26.3%、キリスト教18.6%、カトリック教7.0%,儒教0.7%、その他1.1%で、宗教人口比率は53.6%。非宗教人比率は46.4%である。(1999年統計庁発表資料)
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韓国ソウル特別市出身。延世大学卒業後、大手損保会社に勤務する。1980年頃から日本駐在員として活躍。その後、役員に就任。役員退職後は、単独中国に留学する。現地でも高年齢でトップクラスの成績優秀者として表彰を受けるなど、マスコミにも登場する。その後、山東(サンドン)外事翻訳大学で教鞭をとり、韓国帰国後は経営コンサルタントとして活躍中。現在、63歳。一男一女の父親でもある。
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