第3回
韓国で巻き起こる
日本食の“風”
第2回
韓国は、
曇りのち晴れ?
第1回
韓国は、いまもなお
あまりにも暑い
専門家は韓国における日本系外食企業の失敗を、価格競争力の喪失、相異なる食文化、売場管理の難しさなどが原因であると語っている。“吉野家”がその代表的な例として挙げられている。牛丼は日本の代表的な低価飲食であるが、韓国では中高価の食事であった。日本では主に駅付近の簡易売場形態で運営され、食事代も380円と比較的安いが、韓国ではほとんど2階の100坪以上の大型売場で経営しているから飲食値段が当然上がる。
次は、異なる食文化のせいである。固有の味と特有のサービスを維持しながら一定水準韓国消費者の食生活に合うようにメニューあるいはサービスを替えるのが良いと思う。例えば、韓国人は刺身にゴチュジャン(とうがらしみそ)をつけて食べるのが好きであり、またレタスの上にニンニクや青唐辛子、味噌を乗せて一緒に包んで食べる。日本食の食道楽家であれば刺身の種類によって刺身に直接わさび醤油をつけるか、醤油だけをつけて食べるかあるいは大根おろしを入れるのがよいか、自ら正しい方法で刺身の本当の味を味わえるだろう。
だから、まだ日本料理に馴染んでない顧客のために、原則に固執するより美味しく食べられる方法を紹介する案内書を備えることと手馴れていない現地人が習慣的に探すかも知れない現地のソース類も準備するのが良い方法の一つであると思う。
それともう一つは、韓国の場合、主食以外のキムチなどのおかずは別途にお金を取らないし、少ない場合は何度もお代わりができる。いち早く韓国に定着した日食堂すなわち刺身屋に行けば、“つきだし”という韓国化されたメニューがある。韓国飲食のおかずみたいに主メニューに付随的に提供されるのだが、味が良く量も豊富に出るのが評判の良い食堂の基準であった。しかし“吉野家”の場合、キムチを別に売ったり、韓国の情緒とは合わない事業方式を採択したのも失敗原因の一つかも知れない。
さらに言えるのは、人力管理の難しさによる売場管理とサービスの不十分である。日本フランチャイザーはだいたいメニューと経営システムが優れているが、韓国においてはバイトなどパートタイマー職員の管理がうまくできなかったのが問題になる。これは日本に比べ韓国の非正規職員の在職期間が非常に短いからである。職員に対顧客サービスはもちろん、飲食を扱うきわめて詳しい方法まで教えて熟達するまで期間が短くて、マニュアル上の対顧客サービスが十分に提供できない。
名前と模様は同じであっても、それにこもっている熟成された味までは似せることはできない。料理を作る時もっとも基本でありながら難しいテクニックは、食材本来の味と香りをどのくらい活かせるかだといわれる。このようなテクニックをよく活用する代表的な国が、まさしく日本である。刺身や寿司などでよく知ることができるように、異邦人が「生もの」と呼ぶ妙な料理法が日本料理の代表的で独創的な料理法であり、世界的にも認定されている。
(表2)
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2008年ミシュランガイドに
選定されたレストランの数
2008年ミシュランガイドが選定した最高の美食都市
昨年11月、アジアで初めて発売された『ミシュランガイド(Michelin guide)東京編』は発刊3日で12万部が売り切れる記録を打ち立てた。東京編ではミシュランガイドに載った150店の食堂にすべて星を揚げた(表2)。パリの64か所、ニューヨークの42か所に比べると、なるほど星の祭りである。その上最高ランクである3つの星をもらった食堂も東京には8か所もある。パリは10か所、ニューヨークは3か所、ロンドンは1か所に過ぎなかった。1年間1,500余りの食堂を訪問し選定した150店のスターレストランの中で、日食は約60%、残りはほとんどフランス食であった。たぶん評価基準がワインを備えること、外国人が好むか等の西欧式基準に若干問題があるとはいわれるが、日本政府が2006年10月より展開した「Try Japan’s Good Food」の日本飲食世界化の凱歌だと見て良いだろう。
韓国における日食は、以前は正統日食専門店あるいは刺身専門店がほとんどであり、日食は高価という認識であった。最近、比較的安いけれど高級粉食系統を加えた寿司屋及びうどん専門店と居酒屋、カジュアル(casual)レストランタイプが人気を得ており、日食は高価だという認識を払拭している。もう一歩前進して、韓国でもやはり日食の高級な味と雰囲気をあるがまま味わえる多様な飲食店が誕生するのを待ちわびている。
日式居酒屋「友屋」
最近の世界飲食文化はフュージョン(fusion)スタイルが断然大勢である。フュージョン飲食が流行するのは、芸術家を自任する人達が持っている一種の冒険精神である。韓国の美食家たちの口も今は非常にやかましくなった。韓国人の口にも合うし、世界の人が日本フュージョン飲食を探し韓国旅行を楽しむ日を一緒に待ってみよう!
韓国ソウル特別市出身。延世大学卒業後、大手損保会社に勤務する。1980年頃から日本駐在員として活躍。その後、役員に就任。役員退職後は、単独中国に留学する。現地でも高年齢でトップクラスの成績優秀者として表彰を受けるなど、マスコミにも登場する。その後、山東(サンドン)外事翻訳大学で教鞭をとり、韓国帰国後は経営コンサルタントとして活躍中。現在、63歳。一男一女の父親でもある。